やさしい見掛けによらずもっとも難しい英語の「get」

お世話になっております。しおです。この数週間で「日々の色々・The colour of the sun」という私たち3人のブログは、記事も読者も増えて、少しずつ進んできた。このブログを読んだり、ブックマークしたり、コメント欄にコメントを書いたりする皆さん、誠にありがとうございます。これからもブログを続けていきたいと思います。

それでは、先週の『違う目から見た「日本語」』という僕の最初のエントリーに続いて、同じ「言語の違い」という広いテーマで、今回は母国語の英語を中心にしたいと思います。そこで、最初のエントリーで取り上げた「社会(society)」や「自由(freedom)」、「権利(rights)」など、見かけで分かるような難しさのある言葉のに対して、今回はタイトルにも書いたように「やさしい見掛けによらず難しい」言葉に注目したいと思います。

じゃあ、まずそれはどういう言葉だ。「やさしい英語」と言えば、日本人はよく「This is a pen.」みたいな学校で習った(本当は全く役に立たない)「典型的な英語」が頭に浮かぶかもしれない。まぁ、僕自身日本人じゃないけど、少なくともそれをよく聞いた。でも少し考えると、「This is a pen.」という文がやさしいということは、「これはペンです」という全く同じ形、同じ意味の日本語の文があるからだ。要するに、英語の文でも、もともと日本語から作られたわけ。だから日本語のある文とピッタリ対応する。だから簡単だ。

今回の「やさしい見掛け」はそういうことではない。このエントリーで注目したいのは、「This is a pen.」のような日本の教育制度から生まれた役に立たない「不自然な英語 」のではなく、むしろ「母国語の英語の人に取って当たり前なのに、日本人に取ってはいかにも難しい」というような言葉だ。「This is a pen./これはペンです。」みたいな関連、つまり文法の面でも、語彙の面でもピッタリ対応するペアの表現とは違って、今回紹介する「やさしい見掛けによらず難しい」言葉は逆に、日本語とは根本的に対応シマセン。

...あれあれ、ちょっと待って。日本語と対応しない言葉は、どうやって説明したらいいんだろう。僕の頭の中では言葉の意味や、その言葉の使い方などが分かっているけど、対応する日本語の表現はないから直接に表現できないわけ。前の記事でちょっと触れた「社会(society)」などという海外から来た概念も元々(150年くらい前に)同じような問題はもちろんあった。でも、(繰り返しますが)今日のエントリーではそういう「難しくて深い意味の言葉」をとりあえず置いておいて、「見掛けがやさしい」、「英語圏の人には意味が当たり前」、それから「いるいるな場面で使われる」という特徴のある言葉に注目したいと思います。

では、その特徴のある典型的な例の一つとして、3文字しかないやさしそうな「get」という言葉を挙げます。見掛けによらずもっとも難しい英語の言葉だと、僕はここで主張する。信じがたい人も少なくはないと思うけれども、「get」は使い方も多くて、意味も様々で、非常に難しくて、非常に複雑な言葉だ。一方でネイティブの人に聞いたら、考えずに「getより簡単な言葉はないよ」という答えも来るかもしれない。

それで、「get」の意味を視覚化するために、まず日本語の「ゲット」という(「get」と対応するような)外来語から考えてみましょう。「ゲット」を国語辞書で調べると、「得ること」、「手に入れること」という意味が出てくる。また、「ゲット」をはてなダイアリーで探してみると、「得ること」として使っている記事もいっぱい出てくる。その例の一つとして、id:mugen8764さんが「ニコニコ動画のマグカップをゲット」というタイトルのエントリーを、先月にアップした。エントリーを読むと分かるけど(まぁタイトルだけで分かるよね)、この場合に「ゲット」の意味は(ゲームセンターでチャレンジして)「マグカップを得た」ということを示している。

他のブロガーも「ゲット」を同じように使う。id:HoshibaさんはWILLCOM D4をゲットしたそうだ。id:INNさんはPS3をゲットid:nagakura_eilさんはiPodTouchをゲットid:phoさんがタミフルをゲットするまで、いろいろなものを「ゲットする」ことができるわけ。

でも考えてみると、上のような「得ること」や「手に入れること」という解釈以外に、日本語で「ゲット」という言葉の意味はほとんどない。しかも「得ること」より、ゲットの使い方のほうが限られている。上のブロガーみたいに、「何とかをゲット」というパターンはよく出て来るけど、それ以外に(ダンディ坂野の「ゲッツだぜ」を除いて)別の使い方はあまりないよね。

でもまあ、「ゲット」の意味は限られているとしても、少なくとも英語の「get」の主な意味と大体対応するのではないかと、普通の日本人は思うかもしれない。でもそこも、根本的な誤解がある。

確かに辞書に引くと、例えばMerriam-Websterには一番最初に出るのが「to gain possession of」、つまり「得ること」という意味。同じように、Cambridge Advanced Learner's Dictionaryに「get」を引くと、一番最初に「to obtain, buy or earn something」という説明も出てくる。したがって、id:Hoshibaさんの「WILLCOM D4をゲットしました」というタイトルを翻訳すると、「I got a WILLCOM D4」という英語になる。もちろんそれは間違いではない。でも探してみたら分かると思うけど、「I got a ...」というようなタイトルを使っている英語圏のブロガーは、「何とかゲット」をタイトルとして使っている日本人のブロガーの数と比べて、決して多くない。

さらに「get」と「ゲット」の違いは数の話だけではない。「得ること」という意味だけに限っても、日本語のゲットと英語のgetの間に、使い方のズレもある。一つの例として、id:mariさんが「韓国旅行をゲット!」というタイトルの記事を書いたけど、それはあくまでも「日本語」的な「ゲット」の使い方。英語で「I got a trip to South Korea」とはあまり言わないわけ。(その代わりに、例えば「I got a ticket to South Korea」とかは言えるけどね。この使い方では、チケットのような具体的なものがこの場合に必要だから。けど、別の使い方では「I got the message.」のような言い方もある。)

日本語のカタカナの外来語の中で、こういうパターンがかなり多い。つまり、「get」のような英語の言葉があって、日本人が同じ音の「ゲット」のようなカタカナ言葉を作って、同じような意味(得ること)を付けて、そして英語を使う時に言葉の本当の意味を分からずに、日本語のズレている意味として使おうとする。「テンション」の意味と「tension」の意味、その間にある違いというのも典型的な例の一つだけど、その他にも数えられないほど同じような言葉がたくさんある。

実はこのようなことは、文化を取り入れる面でも似ている傾向がある。よんちゃんが『「かわいい」と言い合う社会』というエントリーの中で、こう書いた:

日本に浸透している外来文化は、いつのまにか日本文化に生まれ変った。たぶんいろいろな分野でそれは行われた。 伝統文化だけが日本文化ではなく、日本における外来文化も日本文化の一種であり、非常に大事だと思う。

 それゆえ、そのなかでは日本文化の特徴的な要素が必ず入っています。日本で上演されたカチューシャが明治時代の女性を反映しているように、日本で受け入れられた外来文化には外国の要素を除けば、日本特有の個性なるものが残るということです。

外来語のカタカナ言葉の面でも、「ゲット」や「テンション」みたいに、外国語が日本語の言葉として採用されると、結局は別の意味が外国語の言葉から生まれる。そしてその海外から生まれた日本語の言葉の新しい意味(たとえば「テンション=盛り上がる」)は、外来語の元々の意味(「tension=緊張する」)の代わりに使われるようになる。

さて、今までは「ゲット」という日本語の外来語を取り上げてきたのですが、一方で「get」という英語の言葉は、「ゲット」以外にどういう意味を持つのでしょうか。実は辞書で引いて見たら、「get」の意味は山のようにたくさんある。でも、「ゲット」との違いを強調するために、一つの例は十分だと思う。

その例としては「やってもらう」を挙げます。

まず、「やってもらう」という表現を聞くと、「ゲット」という意味が頭に浮かぶ日本人はほとんどいないだろう。というか、言葉として、日本語の場合は関係が全くないよね。

でも英語の場合はやはり違う。例えば、「I'll get him to do it.」(または「I'll get her to do it.」、「I'll get them to do it.」など)という日常会話の表現のパターン。この文を日本語にすると、「彼にやってもらう。」(または「彼女にやってもらう。」、「彼たちにやってもらう」など)という文になる。もう一つの例として(これを辞書から引いた)「He got his wife to mend his shirt.」という文は、「彼は妻にシャッツを繕ってもらった」になる。

じゃあ、英語の「get」を、「やってもらう」という意味が分かれば大丈夫なのではないか、と思ったら残念だけど、そうではない。もう少し探してみたら、「やってもらう」という広い意味に限っても、ズレがある。また辞書から引いて、「I couldn't get him to stop smoking.」を訳すと、「彼にタバコをやめさせられなかった。」という日本語になる。この場合に、「やってもらう」という形はあまりにも合わない(「彼にタバコをやめてもらえなかった」とは言えないでしょ)。もう一つの「やってもらう」とズレている使い方の例として、「I got the machine running.」という英語の文があって、それを訳すと「機会を初動させた。」という日本語になる。

この「やってもらう・させる」という一般の形は、「get」の意味の一つとしてかなり大切、かなり便利なパターンです。しかも英語圏の人には、よく使われる。それでもほとんどの日本人には、「やってもらう」という「get」のこの意味は、全く知らないでしょう。「機会をゲットさせた。」という文は訳が分からないけど、「get」を「ゲット」そのままにしたら、こういう結果が出るわけ。

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しかも「get」に止まらず、他にも同じような言葉がいっぱいある。田中茂範氏という慶應義塾大学の教授が、「take」、「give」、「have」、「make」など(「get」ももちろん入っている)、やさしい見掛けによらず難しい英語の言葉を並んで、「基本動詞」という名前を付けて、英単語ネットワークイメージなどの仕組みで説明する。そこで、例えば「話せる英単語ネットワーク動詞編」という本の中で、田中氏がこう書いた:

実は、一見意味の難しい単語よりも、takeやgiveのような意味の広がりの大きい語ほど、扱いにくく、その意味を正確に把握するのが難しいものです。「基本動詞」と呼ばれる重要的な語ほど、その傾向が強いのです。

今回の「get」という言葉、それから上のような基本動詞も、共通特徴としては皆がやさしそうに見えるけど、実は決してそうではない。この例から考えると、日本人が「英語が難しい!」という気持ちがよく分かる。つまり、「get」という3文字しかない「簡単」な言葉は、簡単ではなく、むしろ日本語と対応しないかなり難しい「英語の軸の一つ」のである。